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東京地方裁判所 平成2年(ワ)11712号 判決

原告

遠藤武光

ほか三名

被告

菅野セツ子

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告遠藤武光に対し一五二四万六四六二円、同遠藤サヨ子に対し一四五三万一一八八円、同土屋邦男に対し一一九九万二八二〇円、同土屋康子に対し一一二〇万六四二四円及びこれらの各金員に対する平成元年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告菅野セツ子は、原告土屋邦男及び同土屋康子に対しそれぞれ一七万一七八九円及びこれに対する平成元年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その二を原告遠藤武光及び同遠藤サヨ子の負担、その三を原告土屋邦男及び同土屋康子の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告遠藤武光に対し二六九九万四四七五円、同遠藤サヨ子に対し二五八〇万一一五五円、同土屋邦男に対し三〇七五万一七九〇円、同土屋康子に対し二九〇〇万四〇八〇円及びこれらの各金員に対する平成元年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告菅野セツ子は、原告土屋邦男及び同土屋康子に対しそれぞれ二六万九〇〇〇円及びこれに対する平成元年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成元年一一月一二日午後七時ころ

(二) 場所 東京都町田市鶴間一七七四番地先、国道二四六号大和・厚木バイパス(以下「本件道路」という。)と横浜市旭区方面に向かう側道(以下「本件側道」という。)との交差点(以下「本件交差点」という。)に近接する本件道路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(八王子五五ま三九〇〇、以下「加害車」という。)

運転者 被告菅野セツ子(以下「被告セツ子」という。)

(四) 被害車 自動二輪車(川崎つ九四〇八、土屋大典(以下「大典」という。)所有、以下「被害車」という。)

運転者 大典

同乗者 遠藤光博(後部座席に同乗。以下「光博」という。)

(五) 事故態様 本件道路を厚木方面から渋谷方面に向けて走行していた加害車が、厚木方面に引き返すべく本件事故現場付近で突如右折Uターンして被害車走行車線上に進入したため、反対車線を走行してきた被害車は、急制動をかけたが及ばず、左に転倒して路面を滑走した直後に、本件事故現場において加害車の左側面と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  大典及び光博の受傷並びに被害車の損傷の各状況

大典は全身打撲により同日午後八時五分に死亡し、光博は脳挫傷・頭蓋底骨骨折により同日午後八時二七分に死亡した。また、被害車は大破した。

3  責任原因

(一) 被告セツ子は、本件事故現場で右折Uターンするに際しては、前方から直進してくる車両の動静を注視し十分に安全を確認してから右折を開始しなければならないにもかかわらず、これを怠り、漫然と右折Uターンをした過失により、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、原告らに対して後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告武は、加害車の所有者であり、かつ、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告らに対して後記損害のうち、後記5(二)の物損(五三万八〇〇〇円)を除く損害について賠償すべき責任がある。

4  損害(光博関係)

(一) 逸失利益

(1) 光博は死亡当時一五歳の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働して年間五四四万一四〇〇円(真実の逸失利益を算定するために、最新の資料である平成四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均男子労働者の平均賃金によるべきである。)の収入を得られたはずであるのに、本件事故によつて右得べかりし収入を失い、右相当の損害を被つた。したがつて、右収入額に五〇パーセントの生活費及びライプニツツ方式により次項に述べるとおり相当な年四分の割合による中間利息を控除して、同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、以下のとおり、五一六一万九八四一円となる。

五四四万一四〇〇円×(一-〇・五)×(二一・七四八-二・七七五)(五二年、三年の各ライプニツツ係数)=五一六一万九八四一円

(2) 平均賃金は本件訴訟の口頭弁論終結後も上昇していくことは経験的にも実証されているところであり、その割合は控えめにみても年一パーセントあると考えられること、また、たとえ、今日のように平均賃金の上昇率が低下又は据え置きとなつたとしても、その一方で公定歩合が低下するために、預貯金金利も連動して低下し、運用利回りが低下することからすると、中間利息を控除した現在の金員が将来に取得すべき金員と同程度の価値を有するためには、中間利息の控除率を五パーセントではなく、四パーセントとして算定するのが相当である。したがつて、本件における損害賠償額の算定に当たつては、中間利息を四パーセントとするライプニツツ方式の計算を行うべきである。

(3) 相続

原告遠藤武光(以下「原告武光」という。)及び同遠藤サヨ子(以下「原告サヨ子」という。)は光博の父母であり、前記(1)の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(二) 入院関係費等

光博は、本件事故後聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院に運ばれて診療を受けたため、原告武光は、診療費として二万四七一〇円、かけつけ交通費として四四万〇四〇〇円を支出した。

(三) 葬儀費用

原告武光は、平成元年一一月一四日葬儀を行い、葬儀費用として七二万八二一〇円を支出した。

(四) 慰謝料

原告武光は従来から金型を作る熟練工であり、光博は原告らの長男として原告武光の後継者となるために工場を手伝い仕事を覚えつつあり、原告武光及び同サヨ子も共に働けることを楽しみにしていたところ、本件事故によつて同人を失い多大の精神的苦痛を被つたものである。このような光博は一家の支柱に準ずべき立場にあるものとして、慰謝料を算定すべきである。また、本件事故発生後から本件訴訟に至るまでの被告ら及び被告ら代理人の右原告らに対する対応、訴訟態度はさらに右原告らの精神的苦痛を深めるものがあつた。

よつて、両名の精神的苦痛を慰謝するためには各一一〇〇万円をもつてするのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告武光及び同サヨ子は弁護士である原告ら代理人らに本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の手数料、報酬として七一三万円の支払を約したが、これは本件事故と相当因果関係のある損害として被告らが賠償すべきである。

(六) 損害の填補

原告武光及び同サヨ子は、平成三年一〇月一一日に加害車の自賠責保険会社である東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)から二五〇二万六五三〇円、同年一二月五日に被害車の自賠責保険会社である同和火災海上保険株式会社から四一二万一〇〇〇円の支払を受け、右両名は各一四五七万三七六五円を被告らの損害賠償債務の弁済として充当した。

5  損害(大典関係)

(一) 逸失利益及び物損

(1) 大典は死亡当時一六歳の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働して、光博と同様年間五四四万一四〇〇円の収入を得られたはずであるのに、本件事故によつて右得べかりし収入を失い、右相当の損害を被つた。したがつて、右収入額に五〇パーセントの生活費及びライプニツツ方式により前記のとおり相当な年四分の割合による中間利息を控除して、同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、以下のとおり、四七三〇万八〇三二円となる。

五四四万一四〇〇円×(一-〇・五)×(二一・六一七-一・八六六)(五一年、二年の各ライプニツツ係数)=五三六八万二一三一円

(2) 物損

本件事故によつて大典所有の自動二輪車は大破した。その購入代金は五三万八〇〇〇円であるから、大典には右相当額の損害が生じた。

(3) 相続

原告土屋邦男(以下「原告邦男」という。)及び同土屋康子(以下「原告康子」という。)は大典の父母であり、前記(1)(2)の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(二) 入院関係費等

大典は、本件事故後町谷原病院に運ばれて診療を受けたため、原告邦男は診療費として四万八五二八円、かけつけ交通費として四万四〇〇〇円を支出した。

(三) 葬儀費用

原告邦男は平成元年一一月一四日葬儀を行い、葬儀費用として一六五万五一八二円(葬儀社費用七八万六三二二円、葬祭場費用七五〇〇円、寺院謝礼六六万円、通夜、葬儀料理二〇万一三六〇円)を支出した。

(四) 慰謝料

大典は原告邦男及び同康子の唯一の男の子であり、他に長女綾子がいるのみである。右両名は、将来大典に扶養されることを期待していたところ、本件事故によつて同人を失い多大の精神的苦痛を被つたものである。このような大典は一家の支柱に準ずべき立場にあるものとして、慰謝料を算定すべきである。また、本件事故発生後から本件訴訟に至るまでの被告ら及び被告ら代理人の右原告らに対する対応、訴訟態度はさらに右原告らの精神的苦痛を深めるものがあつた。

よつて、右両名の精神的苦痛を慰謝するためには各一一〇〇万円をもつてするのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告邦男及び同康子は弁護士である原告ら代理人らに本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の手数料、報酬として七三七万円の支払を約したが、これは本件事故と相当因果関係のある損害として被告らが賠償すべきである。

(六) 損害の填補

原告邦男及び同康子は、平成三年一〇月三日に加害車の自賠責保険会社である東京海上から二五〇四万三九七〇円の支払を受け、右両名は各一二五二万一九八五円を被告らの損害賠償債務の弁済として充当した。

よつて、原告らは、被告らに対し、本件事故による損害賠償債務として、各自、原告武光は二六九九万四四七五円、同サヨ子は二五八〇万一一五五円、同邦男は三〇七五万一七九〇円、同康子は二九〇〇万四〇八〇円及びこれらの金員に対する不法行為の日のである平成元年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、さらに、原告邦男及び同康子は、被告セツ子に対し、それぞれ二六万九〇〇〇円及びこれらの金員に対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

ただし、本件事故現場は、東京都町田市鶴間一七七四番地先交差点内というべきである。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3のうち、同(一)の事実は争い、同(二)の事実中、被告武が加害車の保有者であることは認め、その余は争う。

4  請求原因4について

(一) 請求原因4(一)は、同(1)のうち、最新の賃金センサスを基準とすべきであるとの主張及び中間利息控除の割合が年四分が相当であるとの主張は争い、その余の事実は不知。同(2)は争い、同(3)のうち、原告武光及び同サヨ子が光博の父母であることは認め、その余は不知。

(二) 同4(二)のうち、光博が聖マリアンナ病院に運ばれたことは認め、その余の事実は不知。

(三) 同4(三)の事実は不知。

(四) 同4(四)のうち、光博が一家の支柱に準ずる立場にあるものとして慰謝料を算定すべきであるとの主張は争い、その余は不知。

(五) 同4(五)の事実は不知。

(六) 同4(六)の事実は認める(なお、前者の支払日は一〇月一六日である。)。

5  請求原因5について

(一) 請求原因5(一)は、同(1)のうち、最新の賃金センサスを基準とすべきであるとの主張及び中間利息控除について年四分の割合が相当であるとの主張は争い、その余の事実は不知。同(2)は不知。同(3)のうち、原告邦男及び同康子が大典の父母であることは認め、その余は不知。バイクが購入後間もないものであつても、一旦使用された物は購入代金と同額の評価を受けるものではない。

(二) 同5(二)のうち、大典が町谷原病院に運ばれたことは認め、その余は不知。

(三) 同5(三)の事実は不知。

(四) 同5(四)のうち、大典が一家の支柱に準ずる立場にあるものとして慰謝料を算定すべきであるとの主張は争い、その余は不知。

(五) 同5(五)の事実は不知。

(六) 同5(六)の事実のうち、金額は否認し、その余は認める。

三  抗弁

1  免責

(一) 被告セツ子は、別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)〈2〉の地点で被害車を〈ア〉の地点(〈2〉の地点から一三九・八メートル前方)に確認した上で右折Uターンを開始しており、前方注視義務を尽くしていたから過失はない。

(二) 被害車は急制動をかける前には時速一〇六・二七キロメートルもの速度で走行していたのであり、被告セツ子が前項のとおり前方注視義務を尽くした時点において、加害車の右折Uターンが被害車の進行の妨害となることを被告セツ子が予見することは到底不可能である。

(三) 本件事故は、専ら大典の無謀な高速運転によつて惹起されたものであり、被告セツ子は事故回避のために運転者としての注意義務は尽くしていたのであるから何ら過失はなく、また加害車には構造上の欠陥、機能上の障害もない。したがつて、被告セツ子及び同武は、自賠法三条但書により、本件事故について免責されるべきである。

2  過失相殺

仮に、被告らの責任が肯定されるとしても、大典及び光博にも以下のとおり過失があるから損害の算定に当たつて斟酌されるべきである。

(一) 大典は、本件事故現場手前の交差点に差しかかるに際し、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等に特に注意し、かつできる限り安全な速度と方法で進行しなければならない(道交法三六条四項)にもかかわらずこれを無視し、本件道路が時速五〇キロメートルの速度規制を受けているのに、漫然と前記速度で走行していた。

(二) 大典は、免許取得後一年以内であり、かつ運転技術も未熟であつたにもかかわらず、光博を後部座席に乗せて走行していた。

(三) 光博は、前記事情を熟知しながらあえて被害車に同乗していた。

3  損害の填補(請求原因5(六)に対し)

原告邦男及び同康子に対して支払われた金額は、二五〇五万一一九〇円であり、右原告ら主張額よりも七二二〇円多い。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。被害車の急制動直前の速度は時速七五ないし七八キロメートルにすぎない。

2  抗弁2は争う。本件道路を走る車両は通常時速八五キロメートルを出していることからすると、被害車の前記の速度は、他の走行車両による追突等の危険を回避するために、前記の速度をとることはやむを得ないことであつた。

3  抗弁3の事実は否認する。

理由

第一事故の発生

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

なお、原告らは、加害車を運転していたのは被告セツ子ではなく、被告武ではないかと疑問を呈している。なるほど、被告セツ子及び同武各本人尋問の結果によれば、結婚式における被告武の飲酒量が普段とさほど変わらない上、被告武は結婚式の間ゆつくり時間をかけて酒を飲んでいたものと推認されること、結婚式終了後に相当時間休憩をとつていることからすると、被告武の飲酒量が本件事故時において被告武が運転する上で障害となつている状況とは考えにくく、被告セツ子と被告武の各供述態度(原告ら代理人による事故時及び事故直前の状況に係る尋問に、被告セツ子は答えないか又は記憶にないなどと返答するのに終始し、供述する内容もあいまいであるのに対し、被告武のそれは明確である。)等も勘案すると、被告武が本件事故時に加害車を運転していたのではないかという疑いを原告らが抱くことも理解できないわけではない。

しかしながら、本件では、原告らは、右疑いを事情として述べるにとどまるので、以下においては、本件事故時における加害車の運転者が被告セツ子であることについて当事者間で争いがないことを前提に判断することとする。

第二本件事故の結果

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

第三被告らの責任

一  被告セツ子の責任(請求原因3(一)、抗弁1(一)(二)(三))

1  本件事故現場付近の状況

前記争いのない事実のほか、甲五、二三の1、2、3、6、二五の3ないし5、二六、二九、乙一〇によれば、本件事故現場付近の状況について、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、東急田園都市線南町田駅の南方約一〇〇〇メートル、東名高速道路横浜インターチエンジの南西約一〇〇〇メートルの地点で、国道一六号から本件道路を南に約四〇〇メートル入つたところであり、南北に走る本件道路(南は厚木方面、北は渋谷方面)と横浜市旭区方面に至る本件側道とが交わる本件交差点の南側である。

本件交差点には信号機は設置されておらず、その前後約二キロメートルの間にも同様に信号機は設置されていない。また、本件交差点には横断歩道もない。

なお、本件事故後、本件交差点に中央分離帯(ガードレール)が設置されたため、厚木方面から渋谷方面に向かう車両が本件側道に右折することはできなくなつた。

(二) 本件道路は、本件交差点の北側においては、国道一六号と立体交差するために陸橋上を通つており、本件道路を渋谷方面から厚木方面に向かう車両は同陸橋の緩い坂道を下つた後、急な下り坂を下りて本件交差点を通過していくことになる。陸橋を下りた地点で国道一六号から本件道路に進行してくる車両が本件道路の第一車線に合流するようになつている。

本件道路中央部には、植樹された中央分離帯が設置されている。

(三) 本件道路は、本件交差点の南側においては、車道幅員約二〇メートルの直線道路で、西側(渋谷方面の道路側)には幅員約四・九メートルの、東側(厚木方面の道路側)には同約五・五メートルの、縁石で仕切られた歩道がそれぞれ設けられている。中央部には植樹された中央分離帯が設置されているが、渋谷方面行きの道路に右折車線が設けられている手前付近から植樹されていない幅〇・四メートルのコンクリート製の中央分離帯となつている。

(四) 車道は、東側が二車線(第一車線が幅員約三・五メートル、第二車線が同約三・八メートル、路側帯は約一・五メートル)であるが、西側は、本件交差点の南側では、本件側道に右折するための右折車線が設けられているため、三車線(第一車線が幅員約四・一メートル、第二車線が同約三・五メートル、右折車線が同約三・二メートル)となつており、同交差点の北側では二車線(第一車線が幅員約四・六メートル、、第二車線が同約四・四メートル)となつている。本件道路はアスフアルト舗装されて平坦であり、乾燥していた。そして終日駐車禁止、制限速度は時速五〇キロメートルとされている。

(五) このような道路の形状、信号機の設置状況から、本件事故当時、本件道路を渋谷方面から厚木方面に向かう車両は、厚木方面から本件側道に右折する車両のみならず、本件道路が幹線道路であるために本件側道からの車両や国道一六号から合流する車両に対しても優先されることもあいまつて、猛スピードで走行して本件交差点を通過するものが多かつた。その走行状況は、本件事故直後に本件交差点に前記中央分離帯が設置されてからではあるが、本件事故当時(休日の午後七時ころ)とほぼ同様の時間帯において、乗用車が概ね最高時速一〇〇キロメートル程度、自動二輪車も八〇キロメートルを超える速度で走行していた。

そして、本件交差点に中央分離帯が設置された後においては、本件道路から本件側道に右折する車両が存しなくなる点で本件事故時とは異なるが、前記のとおり、本件事故当時、厚木方面に向かう車両が右折車両に対して優先する道路状況からすると、中央分離帯の設置の前後で厚木方面に向かう車両の速度にさほど変化はないと考えられ、本件事故当時も同程度の速度で車両が走行していたことが推認される。

2  本件事故前後の状況

被害車は、急制動をかけたが及ばず、左に転倒して路面を滑走した直後に加害車の左側面と衝突したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び前記認定事実のほか、甲二七、二八、四一、乙七ないし一一、原告武光、原告邦男、被告セツ子、同武の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、

(一) 被告らは、新横浜で行われた甥の結婚式に出席した帰りに大倉山の姪の家に立ち寄つて休憩し、午後五時から五時半ころ出発し、その後本件事故現場に至るまで鶴間の甥の家に向かつていたが、この移動には加害車を利用していた。右結婚式に赴く際には途中まで被告武が運転し、その後は被告セツ子が運転したが、被告武は右結婚式に出席した時に飲酒したため、結婚式の後から本件事故時に至るまでは被告セツ子が運転していた。

(二) 被告セツ子は、道順を誤り、本件道路を厚木方面から渋谷方面に向かつて走行したため、本件交差点手前で右折Uターンして厚木方面に向かい、国道一六号の旧道と国道二四六号の交差する目黒の交差点から国道一六号に戻つて鶴間の甥の家に向かおうとしていた。

(三) 被告武は、加害車が別紙図面〈1〉の地点に差しかかる直前で、被告セツ子に対して本件交差点で右折Uターンをするように指示した。被告セツ子は、同〈1〉の地点で右折指示灯を点灯させ、同図面〈2〉の地点で被害車を対向車線前方で認めたが、同乗する被告武から「だいじようぶだね」と言われた。その時の加害車の速度は時速五、六キロメートルかそれよりももう少し速い速度であつた。

(四) 被告セツ子は、被害車を最初に発見してから、数メートル程度前方に進んでから、ハンドルを右一杯に切つて右折Uターンを開始し、そのまま対向車線に進入した。被告セツ子は、右折Uターンを開始した時点及び対向車線に進入する時点では、被害車の位置や進行状況等対向車線における車両の進行状況等について全く確認していない。また、被告武も、被害車の同図面〈2〉の地点通過以降、被害車には全く意を払つていない。そして、右折Uターン進行中に、別紙図面×地点から厚木方面に一・八メートル寄りの地点(以下「本件衝突地点」という。同地点の認定については、後記参照。)において、加害車の左側面と被害車の正面とが衝突した。

加害車は、右衝突後、街路灯(国道二四六号No.四二)付近で縁石に接触し、その後、本件道路の通行の邪魔になるとして、〈5〉の位置まで進行させて停止した。右衝突後、停止するまでの加害車の速度は不明である。

(五) 大典と光博はいずれも高校一年生で、中学時代の友人同士であつた。

本件事故当日の夕方、大典は、被害車に乗つて光博とドライブに出かけるために自宅を出発して光博の自宅に赴き、光博を被害車の後部座席に乗せて同人の自宅を出発した。被害車は、本件事故直前、本件道路を渋谷方面から厚木方面に向かつており、前記陸橋を渡つて本件事故現場まで第二車線を直進して走行していたが、本件事故現場付近に対向車線から右折Uターンしようとする加害車が自己の車線に出てくるのを見て危険を感じ急制動をかけ、本件衝突地点から約二五・六メートル手前の地点から二三・八メートルにわたつてスリツプ痕を残しながら走行し、本件衝突地点の約一・八メートル手前で左に横転し、路面を滑走した直後に本件衝突地点で加害車と衝突した。

衝突後、被害車は別紙図面の〈バ〉の地点、加害車は〈5〉の地点、大典ら二名は〈ウ〉、〈エ〉の地点、ヘルメツト一個が「ヘルメツト」と記載された○の地点に存在した。

(六) 本件事故による車両の破損状況は、被害車の自動車諸元表による高さは一・一二メートルであるが、左フロントフォークが左ハンドルを切つた状態で曲損し、後方のラジエータ、エンジン等に圧着し、右サイドカウリングはほとんど破砕脱落する他、左カウリングは前部から側部の一部を除きほぼ残存しており、ガソリンタンク後部左側が凹損しており、破損が前部に集中し、各装置は実験不能な程度に大破しており、実測による地上高は、破損が大きく測定できなかつた。右フロントフオークは、折損し、離脱し、前輪タイヤは全周にわたつて熱溶融変色を生じ、右前照灯は完全に破砕脱落し、現存せず、その他の計器も速度計を残し、ほぼ原形をとどめない状態で、左前照灯には前面に黒色様皮膜が付着している。また、加害車については、左前後ドアが内側に凹損し開放不能になり、左前ウインドガラスは破砕する等主な破損痕跡は左側面、中央前後車輪間、地上五〇センチメートル以下の下部に集中している。すなわち、左前輪タイヤは、タイヤ外側面に擦過痕と亀裂が発生し、土砂が付着し、ホイールに一部黄色塗膜付着を伴う亀裂が発生していた。左前ドア及びその下部は、内側に凹損、塗膜剥離、白色塗料様のものが付着する打擦過痕がある。また、左後ドアは凹損し、塗膜剥離、赤、青、黄色様塗料様のものが付着する打擦過痕があり、左後輪フエンダー分も同様の打擦過痕等がある。左後輪タイヤは外側面に擦過痕と亀裂が発生し、ホイールに打痕擦過が生じる等している。

3  事故態様の詳細についての検討

右認定事実に基づき、本件事故の態様の詳細について検討する。

(一) 先ず、本件衝突地点については、被害車が急制動の後、左に転倒して滑走した際に被害車の左側面と路面とが擦れ合うことにより路面に擦過痕が残ることから、本件事故における加害車と被害車との衝突地点は、被害車が本件衝突後に路面を滑走したものと推定して作成された別紙図面(乙一〇添付の現場見取図である。)上の×の地点ではなく、同地点から被害車の進行方向とほぼ平行に走る擦過痕(一・八メートル)の厚木寄りの先端付近であることが認められる。

(二) 次に、被害車の加害車に対する衡突角度については、被害車の損傷状況からすると、被害車はハンドルを左に切つた状態で正面から相当強い圧力が加えられたと考えられること、衝突角度が浅いと、被害車は衝突後もなお方向を変えて横転したまま相当程度移動を続けるはずであるところ、被害車が本件衝突地点に近接した位置に転倒していたこと、乙七(速度等に関する捜査報告書)で警察は、前示の車両の破損状況から加害車に対し、被害車は約八〇度の角度で衝突したものと推定していること等総合すれば、衝突角度は正確には特定できないが、別紙図面のとおり加害車の左側面と被害車の前部がほぼ直角に近い状態で衝突したものと推認される。この点、被告武は、衝突態様が乙一一の別紙現場見取図に近い状態であると供述するが、被告武は右折Uターン開始前から被害車には全く注意を払つていなかつたこと、そもそも乙一〇とは別に乙一一の実況見分がなされた経緯が不明であり、それに立ち会つた被告セツ子がいずれが正確かを確認することができないこと、被告武の供述のとおりであるとすれば、加害車は被害車の衝突の勢いを受けるため縁石に接触する方向には進まないと考えられることから採用しない。

(三) ところで、この本件衝突地点が本件交差点の内と外のいずれにあるのかが争点になつているので、この点について検討する。交差点とは十字路、丁字路その他二以上の道路が交わる場合における当該二以上の道路の交わる部分である(道路交通法二条五号)ところ、車道と車道とが交わる十字路の四つ角にいわゆるすみ切りがある場合には、各車道の両側のすみ切り部分の始端を結ぶ線によつて囲まれた部分をいうものとするのが相当である。本件においては、本件交差点の厚木方面における内外の境界線は、別紙図面上の〈あ〉の直線となるから、本件衝突地点は本件交差点の外にあることになる。したがつて、本件事故現場は、本件交差点内ではなく、同交差点の外で同交差点に近接する本件道路上というべきである。

4  被告セツ子の過失

以上の認定事実によれば、被告セツ子は、本件事故現場に至るまでに、対向車線を走行する車両が相当程度速い速度で走行していることを容易に認識し得るのだから、別紙図面〈2〉の地点で対向車線上(被告の答弁書によれば、別紙図面〈2〉の地点から一〇〇ないし一二〇メートル、乙一〇の実況見分調書によれば、同地点から一三九・六メートルの地点)に被害車を認めた時から前方に進行してハンドルを一杯に切つて右折Uターンを開始する時までの間に、被害車も相当程度加害車に近づいていることを当然に予想すべきである。したがつて、被告セツ子は、右折Uターンする前に被害車の進行を妨げることなく安全にUターンが完了できるか否かを判断するべく、再度右折Uターン開始時点(特に対向車線に進入した時点)において、対向車線の車両状況、特に被害車の進行状況を確認するために前方を注視しなければならない。しかるに、被告セツ子は、右折Uターンを開始する相当手前の前記2の地点で被害車を認めただけで、同乗する被告武の助言を軽信して右折Uターンが可能であると即断し、前記前方注視義務を怠り、漫然と対向車線に進入して、加害車を優先車両である被害車の進行を妨害する状態に置き、被害車を加害車に衝突するに至らせた点で著しい過失があるといわなければならない。

4  よつて、被告セツ子は、民法七〇九条により、原告らの後記損害について賠償すべき責任がある。

二  被告武の責任(請求原因3(二)、抗弁1(三))

前記認定のとおり、被告セツ子に運転上の過失が認められるから、その余について判断するまでもなく、被告武の免責の抗弁は理由がないから、被告武は、自賠法三条により、原告らの後記損害のうち、物損を除く損害について賠償すべき責任がある。

第四過失相殺(抗弁2(一)ないし(三))

一  被告らは、急制動をかける直前の被害車の速度が、時速五〇キロメートルの制限速度を大幅に超過する時速一〇六・二七キロメートルであつた旨主張し、乙七、一二はこれに副つているところ、原告らは、被害車のそれは時速八〇キロメートル弱である旨反論し、甲四一はこれに副つているので、この点について判断する。

二  当事者双方が援用する右各書証についてそれぞれ検討する。

1  乙七(速度等に関する捜査報告書)について

(一) 本書証は、乙一〇、乙一一の各実況見分調書の測量値をもとに、それぞれについて、本件衝突後の加害車と被害車の動きからエネルギー保存則により各車両の本件衝突後の速度を求め、被害車の進行方向(x軸)と直角に交わる方向(y軸)に分けて運動量保存の法則に基づき衝突直前の加害車、被害車の各速度を求め、最後に、制動措置をとる前の被害車の速度を求める手法をとつたものである。そして、被害車の衝突前の時速につき乙一〇をもとにして一〇六・二七キロメートル、乙一一をもとにして八六・七六キロメートルと推定している。

(二) しかしながら、前者については、(a)本書証は被害車は左に転倒して路面を滑走した直後に衝突したと推定するにもかかわらず、本件衝突後の被害車の移動距離を求めるに当たり、衝突後に滑走したと推定する乙一〇添付の現場見取図記載の数値(六・二メートル)を使つている点、(b)加害車は本件衝突した後街路灯付近の縁石に接触したが、その後被告セツ子がこれを運転して別紙図面〈5〉の地点まで進行したのに、本書証は、加害車が本件衝突五別紙図面〈5〉の地点まで直進したことを前提にエネルギー保存則を用いて加害車の衝突直後の速度を求めている点、(c)本件衝突後の加害車の移動距離を直線距離として求めている点、後者についても、右(b)の点及び(d)乙一一の実況見分の結果を前提にしている点で難点があるため、本書証で算定された被害車の急制動前の速度をそのまま採用することはできない。

(三) もつとも、前者の計算過程において、本件衝突地点の位置を修正し((a))、消費された速度エネルギーが計算よりも小さいものであること((b))本件衝突後の加害車のカーブによる移動((c))を考慮すると、衝突前における加害車の速度は相当高くなり、相対的に被害車の速度は当然低くなると考えられるから、結局、急制動前の被害車の速度は、前者の計算式によつて求められた急制動前の被害車の速度数値よりも低くなる。

したがつて、被害車の急制動前の速度は、時速一〇〇キロメートルを相当程度下回るものであつたことが推認できる。

2  甲四一(林洋作成に係る鑑定書)について

(一) 本書証は、本件衝突地点の位置について前記認定に副つた判断をなし、街路灯付近の縁石に接触したことを念頭に置き、まず、乙七と同様の方法で、本件衝突後縁石に衝突するまでの加害車の動きと衝突後停止するまでの被害車の動きからエネルギー保存則により各車両の本件衝突後の速度を求め、被害車の進行方向(x軸)と直角に交わる方向(y軸)に分け、かつx軸方向のエネルギーは全て被害車から、y軸方向のエネルギーは全て加害車から与えられたことを前提に、エネルギー保存則に基づき衝突直前の加害車、被害車の各速度を求め、最後に、制動措置をとる前の被害車の速度を求める手法をとつたものである。

(二) しかしながら、本書証は、両車両のエネルギーが全て相互の速度エネルギーに転化したことを前提に、エネルギー保存則に基づく計算方法をとつているが、(a)本件衝突によつて両車両が大きく破損するために使われた相当多大なエネルギーを全く考慮していない点、(b)前記認定のとおり、加害車は、本件衝突時には右折Uターンのために右ハンドルを一杯に切つていたのだから、y軸方向のみならずx軸方向に対してもある程度の推進力を有していたと考えられるのに、加害車の右エネルギーを全く考慮していない点で難点があるため、本書証で算定された被害車の急制動前の速度をそのまま採用することはできない。

(三) もつとも、本書証が考慮しなかつた衝突前の加害車のx軸方面へ推進する速度エネルギーと両車両の破壊のために使用されるエネルギーとを比較すると、圧倒的に後者が大きいと推認されるところ、破壊のために使用されたエネルギーは専ら被害車の速度エネルギーから与えられたと考えられるから、結局、被害車の急制動前における速度は、本書証が算定した急制動前の被害車の速度数値(時速七五~七八キロメートル)よりも相当程度上回るものと推認される。

3  乙一二(松下智康作成に係る意見書)について

(一) 本書証は、大典が加害車を発見して急ブレーキ操作を開始した時点における加害車の位置が加害車の右前角部が道路中央線を超えた付近、すなわち本件衝突地点よりも四メートル手前であることを前提として、衝突前の加害車の速度を時速一〇キロメートル以下として複数のシミユレーシヨンを行い、その中から衝突後の被害車の動き(転倒・移動距離を四~六メートルとする。)と加害車の動き(約六・五メートル離れた縁石に接触したとする。)に最も合致したものを抽出して、被害車の衝突直前及び急制動前の各速度を推定しようとするものである。

(二) しかしながら、右シミユレーシヨンの大前提となつている被害車が急制動をかけた時の加害車の位置を確定することは不可能であり、その他のシミユレーシヨンの前提となつた資料も確定し得る事実に基づいたということができないので、直ちに本書証の結論をもつて、被害車の急制動前の速度を認定することはできない。

4  以上のとおり、右各書証は、急制動をかける直前の被害車の速度を認定する上で、必ずしも決定的な資料とはなり難いものといわざるを得ず、これらのうちいずれかの書証のみから、被害車の同速度を認定することはできない。

三  以上の検討結果を総合すれば、急制動をかける前における走行速度を明確に確定することはできないものの、時速一〇〇キロメートルを相当下回るが、時速八〇キロメートルを相当に超過する程度の速度で走行していたものと推認することができ、このことは、本件事故後に本件道路を走行する自動二輪車の速度について計測した結果(乙二九では平均時速八二・七キロメートル、乙四〇では時速八五・〇七、八二・七二キロメートル)に照らしてみても、相当である。

四  被害車の走行速度の安全性について

原告らは、本件道路における他の車両の走行状況に照らし、被害車両が制限速度を超えて走行することはやむを得なかつたと主張するが、被告武は、本人尋問において、本件事故直前に渋谷方面から厚木方面に向かう車両は、被害車以外には見えなかつたと供述し、また、本件事故直後、被害車の後続車両や並走する車両が、本件事故現場付近に転倒した被害車や大典、光博に衝突したり、ゆるやかな速度で走行していたと思われる加害車に追突したりする二次災害が起こらなかつたことからすると、本件事故当時渋谷方面から厚木方面に向かう本件道路には被害車両が独走していた状況であつたことが認められ、被害車が他の走行車両との衝突の危険を回避しなければならない状況があつたということができないから、原告らの右主張は理由がない。

五  大典の過失

前記争いのない事実、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、大典は、時速五〇キロメートルの速度規制が敷かれている本件道路を、急制動直前まで、右速度を大幅に超える時速八〇キロメートル超の速度で走行していたこと、また、自動二輪車の運転免許を取得して一年未満の者は二人乗りをすることが禁止されているにもかかわらず(道交法七一条の三第四項)、大典は、光博を後部座席に同乗させ、結果として悲惨で多大な損害をもたらした本件事故を惹起する大きな要因を作つたことが認められるから、大典の右過失割合によつて過失相殺を行うのが相当である。

そして、以上の事実のほか、本件道路が前示のとおり速度を出し易いものであつたこと、被告セツ子がこのことを容易に認識し得ること、前記認定の被告セツ子の著しい過失の内容と比較、斟酌すると、本件事故における被告セツ子と大典との過失割合は、前者が七五パーセント、後者が二五パーセントとするのが相当である。

六  光博の過失

前記争いのない事実、前記認定事実のほか、甲二八、弁論の全趣旨によれば、自動二輪車の後部座席に同乗すれば、一人乗りの場合に比べて運転が不安定になることから、自動二輪車の免許取得後一年を経過していない場合には二人乗りが禁止されているのに、光博は、免許取得後一年を経過せず運転技術が熟達しているとはいえない大典の運転する被害車の後部座席に同乗したこと、大典の走行状況や光博が同乗する経緯を勘案すると、大典が被害車両を高速で運転するのを黙認して後部座席に同乗していたと推認できるから、衡平の観点から、上記事実をもつて、光博の損害について過失相殺することが相当である。もっとも、前記認定の被告セツ子の過失内容、程度のほか、運転者である大典との過失割合をも総合的に勘案すると、本件事故における被告セツ子と被害車の同乗者にすぎない光博との過失割合は前者が九五パーセント、後者が五パーセントとするのが相当である。

第五損害額の算定

一  原告武光及び同サヨ子について

1  損害

(一) 逸失利益(請求原因4(一)) 四〇三二万六二一九円

(1) 甲一の1、二七、原告武光本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、光博は、本件事故による死亡当時一五歳の高校一年生であつたことが認められ、光博の健康等に特段の事情の認められない本件では、光博は、本件事故に遭わなければ、高校を卒業する平成四年(光博一八歳)から六七歳に達するまでの四九年間、少なくとも賃金センサス平成四年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒・全年齢平均の年収額(五一三万八八〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を得ることができたと推認できるので、右金額を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間における光博の逸失利益を算定するのが相当である。

よつて、光博の逸失利益は以下のとおりとなる。

五一三万八八〇〇円×(一-〇・五)×(一八・四一八〇-二・七二三二)(五二年、三年の各ライプニツツ係数)=四〇三二万六二一九円

(2)イ ところで、原告武光及び同サヨ子は、ライプニツツ方式によつて中間利息を控除する場合、その割合を年四分とすべきである旨主張するので、この点について判断する。

ロ 将来の一定の時点で一定の給付を受けるべき金銭債権について現時点で弁済を受ける場合には、将来に給付を受けた場合と現時点で給付を受けた場合とでその価値が等しくなるように、将来の弁済期までの運用利益に相当する中間利息を控除して現価額を算定することが公平であるところ、民法四〇四条が、利息を生ずべき金銭債権について、その運用利益に相当する利率の特約のない場合の利率及び履行遅滞の場合の遅延損害金について一律に年五分と定め、たとえ債権者又は債務者が個別具体的な事情(債務者の金銭運用能力、債務者の社会的な信用、その他一般的な社会・経済情勢等)を立証して右割合の不当性を主張したとしても、右割合の増減を許さない趣旨であることからすると、これと表裏をなす関係から、将来の弁済期までの運用利益を、一律に民事法定利率である年五分の割合として中間利息を控除し、現在の金銭債権の価額を算定することは、右割合をもつて算定することが著しく公平を失するような特段の事情が将来に発生するという高度の蓋然性が認められない限り、相当であるというべきである。

ハ 本件では、訴訟提起時においては、未だいわゆるバブルによる好景気の時期にあつたことから相当程度の賃金上昇が期待できる経済情勢にあつたことは推認できるものの、右好況期を過ぎ、経済成長率が低い数値に止まり、いわゆるリストラの一環として実施される雇用調整が多数の企業で見受けられる今日の経済情勢の下では、賃金の上昇どころかその現状維持か残業手当削減等による実質的な賃金の切下げがなされることも珍しくないこと、他方、資産の運用方法が預貯金する方法に限定されていない上、金融の自由化によつて各金融機関が様々な金融商品を開発し、また金利の自由化による金利の引上げ等が予想され(当裁判所に顕著な事実である。)、必ずしも預貯金による金銭の運用利益が将来にわたつて継続的に低水準にとどまる客観的状況にはないと推認されることからすると、中間利息を年五分の割合として現在の損害額を算定することが著しく公平を失するような社会・経済情勢が、高度の蓋然性をもつて将来に発生すると予測することはできないから、右原告らの主張は採用することができない。

(3) 相続

原告武光、同サヨ子が光博の両親であることは当事者間に争いがなく、右事実と甲一の1によれば、同原告らが二分の一宛相続したことが認められる。

(二) 入院関係費等(請求原因4(二)) 二万四七一〇円

原告武光が本件事故による光博の診療費として二万四七一〇円を支出したことは、甲七により認めることができる。

しかしながら、同武光がかけつけ交通費として四四万〇四〇〇円を支出したことについては、その使用主体、使用交通機関、始発地点と終着地点等の詳細が明らかでなく、これを認める証拠がないので、認められない。

(三) 葬儀費用(請求原因4(三)) 七二万八二一〇円

原告武光が光博の葬儀費用として七二万八二一〇円を支出したことは、甲八により認められ、右金額は相当な葬儀費用として認めることができる。

(四) 慰謝料(請求原因4(四)) 各九〇〇万円

原告武光及び同サヨ子は、光博の将来に寄せる期待がたいへん大きかつたこと(原告武光本人尋問により認める。)、事故時における光博の年齢や無念の思いのほか、本件訴訟において被告セツ子が本人尋問において記憶を失つた等の特段の事情がないにもかかわらず、本件事故の状況等に係る原告ら代理人のほとんどの尋問に対して記憶がない等と返答し、実質的にほとんど回答せず、これによつて事故の真相を知りたいとする右原告らが被告らに対する苛立ちを募らせたこと、本件訴訟において被告ら代理人の訴訟追行態度(被告セツ子本人尋問の結果から事故態様が十分に明らかにならなかつたことから、当裁判所は、第二七回口頭弁論期日において、加害車に同乗して同被告に対して運転方法について指示していた被告武本人尋問の申請を促したものの、被告ら代理人はこれに応じなかつた。そこで、職権による同被告本人尋問を行つたところ、被告セツ子の供述よりも詳細で具体的な事故の前後の状況に関するそれが得られた。被告ら代理人は、大典及び光博の過失を主張する以上、事故の具体的状況について少しでも明らかにするべく自ら進んで事故関係者を人証申請等すべきところ、当裁判所の勧告にもかかわらず、被告武本人尋問の申請をしなかつたもので、このような被告ら代理人の訴訟追行態度は、右原告らの精神的苦痛をさらに深めたものと認められる。)、本件事故後六年近い歳月が経過していること、その他本件訴訟の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、原告武光及び同サヨ子の精神的苦痛に対する慰謝料は、各九〇〇万円をもつて相当と認める。

(五) 小計

以上により、原告武光が二九九一万六〇二九円、同サヨ子が二九一六万三一〇九円となる。

2  過失相殺

前記認定のとおり、光博の過失相殺として右損害額から五パーセントを控除すると、原告武光が二八四二万〇二二七円、同サヨ子が二七七〇万四九五三円となる。

3  損害の填補(請求原因4(六)) 各一四五七万三七六五円

請求原因4(六)は当事者間に争いがないので、右金額から填補額を控除すると、原告武光が一三八四万六四六二円、同サヨ子が一三一三万一一八八円となる。

4  弁護士費用 各一四〇万円

弁護士費用は、認容額、立証の困難性、本件訴訟の経緯に鑑みると、原告武光及び同サヨ子につきそれぞれ一四〇万円が相当である。

5  合計

以上を合計すると、原告武光が一五二四万六四六二円、同サヨ子が一四五三万一一八八円となる。

二  原告邦男及び同康子について

1  損害

(一) 逸失利益(請求原因5(一)) 四二三四万二四二七円

(1) 甲一の2、二八、原告邦男本人の供述、弁論の全趣旨によれば、大典は、本件事故による死亡当時一六歳の高校一年生であつたことが認められ、大典の健康等に特段の事情の認められない本件では、大典は、本件事故に遭わなければ、高校を卒業する平成四年(大典一八歳)から六七歳に達するまでの四九年間、少なくとも賃金センサス平成四年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒・全年齢平均の年収額(五一三万八八〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を得ることができたと推認できるので、右金額を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間における大典の逸失利益を算定するのが相当である(年五分の割合が相当であることは前記のとおりである。)。

よつて、大典の逸失利益は以下のとおりとなる。

五一三万八八〇〇円×(一-〇・五)×(一八・三三八九-一・八五九四)(五一年、二年の各ライプニツツ係数)=四二三四万二四二七円

(2) 物損 四五万八一〇七円

甲二一によれば、大典は、平成元年五月三〇日、被害車を五三万八〇〇〇円で購入したことが認められ、本件事故まで約六か月使用していたものと認められる。そして、本件事故当時における被害車と同等の車両の中古価格を知る証拠がない本件にあつては、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令一五号)に定める基準に基づき、自動二輪車の耐用年数が三年、残存割合が〇・一、年償却率が〇・三三として、本件事故当時の被害車の時価を算定するのが相当であり、次の計算式のとおり、四五万八一〇七円と認める。

(計算式)

五三万八〇〇〇円×{一-〇・一(残存割合)}×{一-〇・三三(年償却率)×六/一二(使用期間)}+五万三八〇〇円=四五万八一〇七円

(3) 相続

原告邦男、同康子が大典の両親であることは当事者間に争いがなく、右事実と甲一の2によれば、同原告らが二分の一宛相続したことが認められる。

(二) 入院関係費等(請求原因5(二)) 四万八五二八円

原告邦男が本件事故による大典の診療費として四万八五二八円を支出したことは、甲九により認めることができる。

しかしながら、同邦男がかけつけ交通費として四万四〇〇〇円を支出したことについては、その使用主体、使用交通機関、始発地点と終着地点等の詳細が明らかでなく、これを認める証拠がなく、認められない。

(三) 葬儀費用(請求原因5(三)) 一〇〇万円

甲一〇ないし二〇及び原告邦男本人尋問の結果によれば、原告邦男は、大典の葬儀費用として相当額の支払をしたものと認められるが、そもそも人は死を免れることを得ず、そのため相当程度の葬儀費用はいずれ支出しなければならないことからすると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一〇〇万円をもつて相当と認める。

(四)慰謝料(請求原因5(四)) 各九〇〇万円

原告邦男及び同康子と大典との関係(特に大典が唯一の男子であつたこと)、事故時における大典の年齢や無念の思いのほか、本件訴訟の被告セツ子本人尋問の前記供述内容、被告ら代理人の前記訴訟追行態度、本件事故後六年近い歳月が経過しようとしていること、その他本件訴訟の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、原告邦男及び同康子の精神的苦痛に対する慰謝料は、各九〇〇万円をもつて相当と認める。

(五) 小計

以上により、物損については、原告邦男及び同康子が各二二万九〇五三円、人損については、原告邦男が三一二一万九七四一円、同康子が三〇一七万一二一三円となる。

2  過失相殺

前記認定のとおり、大典及び右原告らの過失相殺として、右損害額から二五パーセントを控除すると、原告邦男が物損につき一七万一七八九円、人損につき二三四一万四八〇五円、同康子が物損につき一七万一七八九円、人損につき二二六二万八四〇九円となる。

3  損害の填補(請求原因5(六)、抗弁3) 各一二五二万一九八五円

被告らが、二五〇五万一一九〇円(当事者に争いがない。)のほかに、原告邦男及び同康子に対して支払われたと主張する七二二〇円は、甲九、乙六の2、3、弁論の全趣旨から、自賠責保険金の支払手続上の必要から、自賠責保険会社が診療報酬明細書及び診断書を町谷原病院に作成してもらつた費用と認められ、同費用の支払は右原告らの損害に対する填補とは認められない。

したがつて、右原告らに対する損害の填補額はそれぞれ一二五二万一九八五円であり、過失相殺後の前項の人損の金額から右金額を控除すると、原告邦男が一〇八九万二八二〇円、同康子が一〇一〇万六四二四円となる。

4  弁護士費用 各一一〇万円

弁護士費用は、本件訴訟の経緯に鑑みると、原告邦男及び同康子につきそれぞれ一一〇万円が相当である。

5  合計

以上を合計すると、原告邦男が物損につき一七万一七八九円、人損につき一一九九万二八二〇円、同康子が物損につき一七万一七八九円、人損につき一一二〇万六四二四円となる。

第六結論

以上のとおり、原告らの各請求のうち、被告両名に対する請求については、原告武光につき一五二四万六四六二円、同サヨ子につき一四五三万一一八八円、同邦男につき一一九九万二八二〇円、同康子につき一一二〇万六四二四円及びこれらの各金員に対する本件事故の日である平成元年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があり、原告邦男及び同康子の被告サヨ子に対する請求については、それぞれ一七万一七八九円及びこれらの各金員に対する前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 渡邉和義)

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